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個人と、全体性と
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今年から、習いはじめた英会話。
英語を学んでいて 思うのは、英語という言語を日常使っていると
個人主義が確立されていくだろうな…ということ。

英語は主語、動詞を 明確にしないといけない。
レッスンの中ではテーマに沿って、自分の意見を英語で述べるのだが
まず、自分の考えをまとめなくてはいけない。そこに時間がかかる。

私は、こう思う。私なら、こうする。
まず自分ありき。

数年前、日本で はやった『~みたいな。』で終わる曖昧な語尾。
動詞の後ろにつけて、主張をぼかす。
周囲の人間関係を気にしがちな日本人が重宝したのも わかる。
日本人はディスカッションの苦手な国民といわれているらしいが
日本語という言語も一因じゃないかと思う。
日本語の形容詞の多様さは 素晴らしいけど。

西洋の個人主義、東洋の全体性。
これからの時代は、その両方のバランスを保った生き方が、求められるような気がしている…
そんなことをつらつら考えていたら、昨日 ニュースを読んでいて
ノーベル化学賞を受賞した根岸さんの言葉が、スコーンときた。

今年のノーベル化学賞に決まった根岸英一・米パデュー大学特別教授と鈴木章・北海道大学名誉教授は2人とも、受賞対象となった技術について特許を取得しなかったという点で共通している。
経済的なメリットは逃したかもしれないが特許を取らなかったことで技術は世界へ広く普及し研究者最高の栄誉へと道を開く一因にもなった。
根岸氏は「特許を取得しなければ、我々の成果を誰でも気軽に使えるからと考え、半ば意識的にした」と述べた。

研究成果を個人の所有権とせず、社会全体に開放したこと。
全体のひと粒としての個人。それが東洋思想の素晴らしさだと思う。

もうひとつの記事
亥年生まれの根岸教授、イノシシのように研究に打ち込み(奥様談)
『人間は個でなければならない。流されてはならない』というのが口癖だった。

社会に寄りかからず、自立する個人。
根岸さんの言葉は、好きな詩人、茨木のり子さんの詩を思い出させた。

『倚りかからず』

もはや

できあいの思想には寄りかかりたくない

もはや

できあいの宗教には寄りかかりたくない

もはや

できあいの学問には寄りかかりたくない

もはや

いかなる権威にも寄りかかりたくはない

ながく生きて

心底学んだのはそれくらい

自分の耳目

自分の二本足のみで立っていて

なに不都合なことやある

寄りかかるとすれば

それは

椅子の背もたれだけ


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# by shimako-garden | 2010-10-07 16:31
全力
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先週の土曜日は、6歳の娘が通う学童の運動会。

先生に『足が速いから』と言われたそうで、リレーを2回走ることになった娘。
ばあちゃんと散歩に行ったとき、練習とかしていたらしい。

娘は とてもはずかしがり屋で、引っ込み思案。
今までの保育園行事も はずかしがっているのを思い出す。

でも、この日のリレーは ちがった。
私も夫も、今まで見たことのない真剣さで走っている娘をみて、目がうるんだ。
1回目の走りではひとり抜き、2回目では先頭を颯爽と走っていた。
運よくリレーは1位だった。

運動会を終えた娘が言った。
「お母さん、みつけたよ」
何を?と聞いた。

「すきなこと」

来月は幼稚園の運動会がある。
担任の先生に、リレーを走りたいと伝えたそうだ。
引っ込み思案の娘を 気にかけていた先生も驚いていた。

幼稚園の朝の登園。
6月まで涙を見せていた。

娘の心に芽生えた種のようなもの。
一緒に、大切に育んであげたいと思う。


    平井雷太さん(セルフラーニング主宰)の言葉
    今を犠牲にしないこども

    子どもには明日も今日もない
    子どもには今しかない

    子どもが何かを欲しがるとき
    子どもが何かをしたがるとき
    子どもにとって意味があるのはそのときときだけ
    子どもはいつかという言葉を知らない

    子どもには今度という言葉は通用しない
    いまを犠牲にしない子どもは知っている
    いまが明日をつくることを

    だから
    子どもは今に全力を傾ける
    いつ死んでも後悔しない生き方を
    子どもは選んでいる

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# by shimako-garden | 2010-09-30 13:07
ネティ
沖縄本島の東に浮かぶ 久高島。
島の東側の海岸は、穏やかでとても清らかな浜がひろがる。

久高島の土地は村の共有地なので、本島のようにリゾート開発で荒らされることなく
自然と人との暮らしが いいバランスを保っているように思う。

その海岸の浅瀬、岩の窪みには 小石たちが波に洗われて
心地よさそうに 寄り添っている。
波の揺りかごに ゆらゆらとして。
そんなことを思い出して描いた絵。
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今週の キヨさんの瞑想教室で知った『鼻うがい』

私は全く知らなくて、ネットで調べてみた。
鼻うがいは インドのヨガの朝一のお清めとして
鼻から水を通して 鼻の中をきれいに掃除する健康法のようなもの。

生きている限り 人間には苦痛や苦悩が付きまとうけれど、この苦しみを乗り越え、消し去り
自然でバランスが取れて 満ち足りた心と体の状態(目的としてのヨーガ)と
そこへ導くための手段(手段としてのヨーガ)を実践することが、ヨーガというものらしい。

ヨーガは非常に巨大で哲学的な理論体系であり、ゴールに至る道は無数にあり
逆立ちしたり、瞑想したり(いまの私)…それらは みんなヨーガ。
断食したり 宙に浮いたりすることだけが ヨーガではないとのこと。
ましてや 怪しげな団体に入ることがヨーガではない。

jala neti(ジャラ・ネティ)
jalaは水、netiは鼻の通路。
クリヤと呼ばれる体を浄化する法のひとつ、鼻うがい。

さて、実際に体験したネティ。
塩を入れたぬるま湯を鼻で吸い口から出す。
終わったら頭を前後、左右に振って 残った水を器官から出す。
きちんとレクチャーを受けつつ行わないと、難しい行為かも。
想像よりも 痛みがないのが 意外。

キヨさんからの今週の宿題は、朝の瞑想の前に鼻うがいをすること。
ネティは 第3の目を より鋭敏にするのだそう。

瞑想を始めると その聡明さを あきらかに感じる。
第3の目あたりが 明晰になっている。ぱっちりと目が覚める。

低血圧で朝の弱かった私。
瞑想を はじめてからの、変化をしみじみと思う。
頭と肉体のクリア感。
そして、一日に対しての意欲みたいなもの。
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# by shimako-garden | 2010-09-24 12:47
思考を手放す
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瞑想をしていると、深く入れる日もあれば
雑念がわきおこって どうしようもない日もある。

キヨさんが 雑念は無理に消し去ろうとするのでなく
ただ手放せばいい というようなことを話していた。

そのとき言っていたのが
Let them come, Let them go.
それらはやってきて、去っていく。

いま、瞑想以外のじかん、
たとえば 茶碗を洗ったり、掃除をする時間
第3の目に意識を集中して 作業をしている。

今までは家事の最中、頭の中は考え事でいっぱい。
たいていは 未来のことを考えたり、想像したり、心配したり…

でもこの頃は そういうことを考えなくなってきている。
『いま』の作業に集中しているから。
たぶん、そうだろう。

今日、目にした言葉。
心配というのは、行動しないときに頭の中だけではびこるものです。
行動に集中しているときは、心配している余裕はありません。
行動しない人が、心配することができるのです。

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# by shimako-garden | 2010-09-22 12:45
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今 という漢字の甲骨文字。
かっこいい。

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# by shimako-garden | 2010-09-21 16:20 | しるし



シマコです。原色あふれる沖縄の、陰ある風景に惹かれます。
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